公明党埼玉県議団  
 
 

 

 福永信之、塩野正行、安藤友貴県議は、5月26日に岩手県田野畑村の被災現場を視察しました。
 田野畑村は、陸中海岸国立公園の中で、断崖の美しい「北山崎」で有名な観光と漁業の村。福永県議らは、午後2時半から村役場で工藤正勝副村長、畠山正生活環境課長から村の復興に向けた課題などをお聞きしました。続いて、入居の進む仮設住宅、支援物資の受け入れ場所、避難場所、漁港・観光施設・鉄道・住宅地などを視察しました。

 田野畑村は漁業と観光の村ですが、大津波によって防潮堤がズタズタになってテトラポットが防潮堤を乗り越え、漁港・漁協の建物・製氷施設が壊滅し、さらに漁船約500隻が消失しました。
 また、観光の足である三陸鉄道北リアス線の島越駅は、駅舎に至る階段だけを残して消失し、線路は駅南側のトンネルを出たところから高架橋が寸断されレールが垂れ下がっている状態です。観光の拠点であった10階建てのホテル羅賀荘は機械設備が破損し使用不能状態に。第三セクターの経営だった同ホテルの従業員は解雇され、ホテルは村の所有物になっています。機械設備を復旧する予算があれば、建物自体は健在なのですから被災者の受け入れも可能だったはずですが、5−6億円といわれる費用を負担する財政力は村にはありません。現場を見ない政府の対応に歯ぎしりしました。

一方、村の経済再生には漁業関連施設の復旧・漁船の購入・漁港の復活、ホテル羅賀荘・番屋群などの復活・北リアス線の復旧が急がれます。しかし、その見通しは全く立っていません。
村全体の被害総額は約160億円と推定され、とても村の財政力で賄い切れるものではなく、国の支援が不可欠です。
 しかし、大津波から2カ月が過ぎても、国からは何の見通しも示されていません。また、「ともかく政府にはスピード感がない」「復興、という言葉は躍るが、実際には何もない。復興に向けた財政的な裏付けを示してほしい」との嘆きの声が聞かれました。
 こうした「緩慢」「無策」ばかりが目立つ政府の対応とは対照的だったのが、田野畑村と姉妹都市である埼玉県深谷市から大津波発生の4日後には第一陣が到着した支援でした。受け入れ場所には、埼玉県産米などの支援物資がうず高く積まれ、副村長らからは、言葉に言い尽くせないほど感謝しているとの思いが披歴されました。また、職員の皆さんの奮闘も光っています。

 例えば、仕分け担当の職員は教育委員会の女性でしたが、本来の業務と掛け持ちで従事なさっていて大震災発生後2ヶ月以上になるのですが、合計6日間くらいしか自宅へ戻らず、ずっと避難場所に宿泊しながら被災者と寝食をともにしながらがんばっているとのことでした。公僕である公務員の模範たるべきお姿に胸を打たれました。配布にあたっては「公平」を保つようになさっており、視察したときには、味噌を1世帯1キロに小分けする作業にボランティアなどの皆さんが従事なさっていました。このほか、仮設住宅では、日本赤十字のシールの張られた家電6点セットを拝見し、津波に家のさらわれた場所には住みたくないという率直なお話をお聞きしました。

             
             


2011.5.26
 
 
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